ご好評にお応えして、
『私の韓国事件簿』第三弾。
韓国人は、基本的に
周りに気を配るということができない人たちである。
また、気を配っていたとしても多くの場合、自己本位。自分がやりたいからやる。
相手がそれをどう受け止めるか、迷惑かどうか、ということは考えない。
周囲に気を配れない、気が利かない人間は評判を落とすことになる日本とは大きく異なる。
以上を踏まえて。
私は91年の3月から12月に渡ってソウルに住んでいた。
たった9ヶ月の短い留学生活である。
語学校の最上級クラスに入ったのが91年の秋で、
11月は修学旅行やら遠足やら、いろんなイベントが続いていた。
11月の下旬には、ソウル近郊にある北漢山(プッカンサン)という山へみんなで登りに行った。
ソウル市内にある900メートルくらいの岩山である。
整備された登山コースなどなく、ひたすら手と足を使ってよじ登るといった風情だ。
山頂近くは木が生えておらず、露出した岩肌の登山道からソウル市内を眺望できる。
強烈な風が吹く寒い日だったけど、晴れていたのでソウル市内が一望できた。
いい眺めだった。先生も交えて、みんなで記念撮影をした。
久しぶりに気持ちよく運動をしていい気分になっていた。
この日は、件のハイヒール先輩と韓国人の友達と私の3人で、
私の送別会をやってくれるということで予定があった。
下山の頃は既に日没が迫っていて、当然灯りなどいっさいない山なので、
みんなして焦りながら下山した。
足元が暗くなってきて危険な状態だった。
私は約束の時間に遅れていたので、みんなと離れて足早に歩いていた。
すると、私の前に男女のカップルが歩いていた。彼らを追い抜いた。
今となっては覚えていないけど、追い抜きざまに何かを話しかけられた。
(たぶん「山はどうでしたか」「よかったですか」とか、そんなカンジ)
私がそれに答えた。
すると男が「お、言葉がヘンですね」と言った。
「ええ、日本人なんです」と私。
「あらー、慶尚道(釜山の辺りの地域)の人かと思ったわ~」と彼女。
そして男が言った次の言葉。
「日帝についてどう思いますか?」
(日帝とは、日本に統治されていた時代や当時の日本政府を総称して呼ぶ言葉)
その言葉に、
せっかくの今日のいい気分を台無しにされた! と、
プチッとキレた。
「今はその話はしたくありません」と、冷たく言い放ってその二人から離れた。
彼らもしまった、と思ったらしくそれ以降一切言葉を発しなかった。
なんでただの通りすがりの、見ず知らずのあんたに、
そんな込み入った話する必要があんの?
せっかく素敵な景色見ていい気分だったのに、あんたのせいで台無しだよ!
と、かなり頭から湯気が出ていたはずの私。
この頃はもう韓国の生活に慣れて(そして韓国が嫌いになって)いたので、
日本の植民地(じゃないけどね)のネタをふられると、いいかげんイライラしてくるようになっていた。
彼らは、どうしても日本人を見ると問い詰めたくなるらしい。
初対面でも、名も知らぬ人でも関係ないのだ。
当時は、竹島問題はそれほどヒートアップしてなかった(そのころは「従軍慰安婦」>pu)けど、
いまはきっとそれについて問い詰められる日本人が多いのだろう。
空気の読めない韓国人のネタはまだありますので、第四弾をお待ちあれ。